【長野】自然とともに生きる暮らしが残る高原のまち・茅野

茅野市を紹介する人

矢部俊彦(やべとしひこ)です。1983年生まれ。現在35歳。出身は神奈川県横浜市で、大学を卒業するまではほとんど横浜を出ることなく過ごしました。卒業後は東京に就職し、その後いくつかの仕事を経験しますが、勤務地はすべて東京中心部。引っ越しても、住む場所は常に東京の周辺で、いわゆる「首都圏」から出ることなく34年の人生を送ってきました。

職歴・経験

印刷会社で営業マン(4年ほど)→編集プロダクションで児童向け図鑑などの編集者(5年ほど)→教科書出版社で書写・書道の教科書の編集助手(1年半)

特技

わかりやすい文章を書くこと。特に、小学生向けの調べものの本や図鑑をつくっていた経験から、いかに物事を噛み砕き、面白さを残したままわかりやすく伝えるかを専門としています。

ほかに特技と言えるものがあるとすれば、知識を得ることへの好奇心があることでしょうか。学生時代の学問や編集経験もきっかけとなり、世界の文化や信仰・生きもの(特に昆虫や爬虫類)・星や宇宙など、さまざまなものに興味があって雑学がどんどん増えていく日々です……。(一方で、体を動かすことはさっぱりのインドア派です。歩くのは好きなのですが)

現在の仕事内容

観光パンフレットの編集がおもな仕事……のはずが、同時に歴史・文化担当の観光体験プログラムをつくる担当にも任命され、全く馴染みのなかった諏訪地域(茅野市を含む諏訪湖周辺の6市町村を諏訪地域と呼びます)の歴史と文化を必死で学ぶために駆け回っています。

茅野市の新しい観光パンフレット、「ちの旅本」の企画・編集・執筆を担当しました。

茅野市を選んで移住したきっかけを教えてください

僕は昔からこの茅野市が大好きで……なんて言えたらいいんですが、実はここを選んだ理由はあまりないんですよね。

この仕事をしようと決める直前、東京でひたすらデスクに向かう日々を過ごしていてちょっと疲れていたのだと思います。

「そろそろ満員電車のない生活をしてみたいなぁ」と考えて、転職サイトの希望勤務地にこれまでの「関東近辺」に加えて「長野、山梨、群馬、静岡」を追加してみたところ、数日後にいきなり届いたオファーメール。それが、「茅野市の地域おこし協力隊になりませんか?」という案内でした。

茅野市といえば、少し前に一度だけ観光旅行で訪れた場所で、自分が住むだなんてこと想像もしていなかったところ。

「だからこそ、ここに住んでみたら今までの人生ではしたことがなかった経験ができそうだ」

そう思って、茅野市のことはほとんどわからないまま、求人に応募しました。

茅野市ってどんな町か教えてください

そもそもみなさん、「茅野市」って読めますか? 「かやの」ではありません。「ちの」と読みます。

東京からは意外なほどに近く、新宿駅からは直通の特急スーパーあずさでたったの2時間で着きます。お金にあまり余裕がない僕らにも朗報なのは、バスタ新宿から高速バスが出ていて片道3000円くらいで来られることです。しかもその本数は1時間に1本!こんなに便利なので、東京から見ると「長野県の玄関口」といってもいい場所なのですが、そのわりに知名度は高いとは言えないのが実情。

その理由の一つは、「茅野の顔となるものが多すぎる」ということでしょうか。

「茅野といえば?」と聞かれたときに、一言でこれ!と言えるものがありません。何もない、というわけではなく、その反対。

日本有数の「避暑地」

「茅野市」という名前を知らなくても「蓼科」「白樺湖」という観光地の名前なら、50歳以上の方ならかなり多くの方が知っていると思います。

真夏でも爽やかな風が吹く高原の避暑地。それが茅野市の顔のひとつです。そこへ行くまでの道「ビーナスライン」も憧れのドライブルートとしてよく知られていたそうです。

もちろん、その魅力は今でも変わらず茅野にありますが、変わったのは世の中の観光のトレンド。夏になると高原の別荘地やリゾートホテルで優雅なひとときを過ごす――というのは、若い世代にとってはあまり馴染みのないものになりました。何より、自家用車でめぐることが基本の茅野の高原観光は、車を持たない人が増えた若い人たちにとってはなかなか難しいもの。

観光地としての茅野は、転換の必要に迫られていると言えます。

実は、日本の原風景が残る場所

茅野市の対外的なイメージは、前述したような「観光地」としてのものがほとんどです。避暑地として以外にも、登山者に人気の「八ヶ岳」の玄関口として、また、冬のウィンタースポーツの場所としても知られています。

一方で、実は観光地以外の地域では驚くほど「昔ながらの暮らしが残る場所」でもあります。

八ヶ岳の西の麓に広がる茅野市は全体が標高770m~1200mの高地にあり、最低気温マイナス15度以下になることもある、本州全体でも有数の「厳しい冬」が感じられる場所。

僕が首都圏からこちらに移住して強く感じたのは、「なんて四季が豊かなんだ!」ということ。八ヶ岳はもちろん小さな里山も数多く、茅野市のどこからでも山を見ることができるのですが、その山の色が季節ごとにまったくちがうんです。

そしてその山に寄り添うようにある集落と田んぼや畑がつくる、田園地帯。そこに住む人達の暮らしは、当たり前のように山とともにあります。

春は山菜、夏は夏野菜、秋はキノコとお米、そば。自然の移り変わりが暮らしに直結する。これって、都会の人にとってはとても贅沢なことですよね。

あなたにとって茅野市の魅力ってなんですか?

僕は「茅野のブランド・アイデンティティ」を考える仕事に携わりました。そこでみんなで考えた言葉が、まさしく僕の考える茅野の魅力といえるので、それをご紹介しつつお伝えしますね。

五感を解き放つ強烈な四季

先ほども書きましたが、茅野は四季の豊かさが圧倒的です。

一年を通して晴れる日が多く青空が多いのも特徴で、四季それぞれの「色」がはっきりと変わります。山も空もいきものも、生き生きとしている場所です。

都会暮らしだといつも塞いでいるような、「五感を解き放つ」経験ができる場所。

とにかく水が美味しいので、野菜やお米など、何を食べても美味しいのも大事なところですね。

一万年の間、八ヶ岳の凍みる大地で生き抜いてきた、人の営み。

茅野市は、「国宝」に指定されている縄文時代の土偶が2体発掘された場所でもあり、はるか1万年以上前から多くの人が住んできたことが知られています。

その歴史の深さも魅力のひとつですが、冬の寒さも含め、決して穏やかとは言えないこの土地で生き抜くための人々の工夫の跡がそこかしこに残っていることに感動します。

例えば、江戸時代につくられた「せぎ」は、山を流れる川の水を農地に運ぶための全長10kmを超える用水路。200年以上経った今でも地域の方が丁寧に管理し、田んぼや畑を潤しています。

風光明媚な観光地として知られる「白樺湖」や「蓼科湖」、最近景勝地として注目されている「御射鹿池」も、実は、水を太陽で暖めて冷害から土地の人達を守るためにつくられた人工の「農業用温水ため池」。

豊かな自然の恵みを受けながらもただ自然に任せるのではなく、知恵と工夫で生き抜いてきた人たちの営みの証。見つけるたびに、感動してしまいます。

「憧れる歳の重ね方」と出会う。「家族になれる」場所。

茅野市は、長寿のまちでも有名です。ただお年寄りが多いということではなく、おじいちゃんおばあちゃんがとっても元気で驚きます。

観光ガイドをしてくれるおじいちゃん、外国から来たお客様に郷土料理を教えてくれるおばあちゃん、こだわりの職人さんたち。

まだまだ現役でバリバリと活躍する70代80代90代のみなさんの姿に、「こんなおじいちゃんになりたいなぁ」と思ったりします。

また、集落や地域の子どもたちをみんなで見守る姿も印象的。初めて来た人も、なんとなく懐かしく感じるような、「みんなのふるさと」のような場所です。

茅野市で暮らしてみてわかったマイナスポイントを教えてください

車がないと生活できない

茅野で、車なしで生活するのはかなり難しいと思います。電車やバスもあることはありますが、本数がとても少なかったり、そもそも駅前にお店があまりなかったり。かといって徒歩や自転車で乗り切るには、坂が多すぎ、距離がありすぎ、そして冬が寒すぎる。

車を確保しても、日々の移動距離はかなり多くなりますし、坂も多いのでガソリンもどんどん減っていきます。冬は道が凍るのでスタッドレスタイヤは絶対に必要ですし、急な坂を登ることを考えると4WDがほとんど……。

家賃は安いのですが、自動車にかかる値段を考えると思っていたより生活費は安くならないのが現実です。冬の暖房代もバカにならないですからね……。

都会まで行くのが遠い

車さえあれば、スーパーやドラッグストア、ファミリーレストランに行くのは問題ないのですが、「都会にしかない施設」に行こうとすると結構大変です。

いちばん近い都会は松本か、山梨県の甲府ですが、どちらも車で片道一時間以上はかかります。松本や甲府も「大都会」というにはちょっと難しく……結局、東京に行くのがいちばん手っ取り早かったりします。

寒い。とにかく寒い。

冬の寒さは、関東に慣れた体には想像を超えます。朝起きたら車の窓ガラスがバリバリに凍っていて、まずは溶かすところから始めないと何もできないですからね。

我が家はこちらに来てから暖房器具が一気に増えました。真冬には水道管から水を抜く「水抜き」をしないと、水道管から破裂するという恐ろしい話を聞かされ、いつか忘れるて大惨事になるのではないかとビクビクしています……。今年の冬も、越えられるかちょっと心配です。

 

茅野市の先輩移住者はどんな仕事をしていますか?

 

茅野市は、地域おこし協力隊が行く場所としてはめずらしく、移住者そのものは少なくありません。

いちばん多いのは仕事を定年退職された高年齢層の方ですが、移住されて心機一転カフェやレストランを初められる方もいます。

共通しているのは「山好きが多い」ということでしょうか。山岳ガイドをされながらお店を経営している方、毎週末、山に登って写真を撮りに行く方なども。

 

あとはなんと言っても、同僚となる地域おこし協力隊(および集落支援員)はすでに12人もいて、全員が移住者です。ひとりじゃないって、心強いですよね。

 

茅野市の空き家事情

 

茅野市には様々な空き家があります。小さな集落の古民家、別荘地にある山荘、観光地のリゾートマンション、駅近くのマンションなどなど。

茅野市には、行政と商工会議所、それに地元の不動産業者さんで一緒につくった「楽園信州ちの」という組織があり、空き家の紹介や移住の相談を受け付けています。

物件情報を載せた空き家バンクもありますので要チェック!

 

移住を検討する人へメッセージ

茅野市は、車さえあればそれほど不便な場所ではありません。何より、都心に2時間程度で行けるのでその気になれば日帰りもできるのが便利ですね。

そんなに都会に近いのに、水が美味しい、野菜が美味しい、のどかで空が広い、山がきれい、という住んでいて飽きない場所ですので、それほど移住のハードルは高くないのではないでしょうか。

観光のイメージが強い茅野市ですが、実は工業がさかんな場所でもあり、働く場所も多くあります。

 

PRスペース

茅野市の地域おこし協力隊と集落支援員を中核メンバーとする「一般社団法人ちの観光まちづくり推進機構」では、「ちの旅」を新しい茅野市の観光ブランドとして掲げ、「ただ通り過ぎるのではなく、土地の暮らしを身近に感じられる旅」をつくっていくことを目指して活動しています。

協力隊の活動がわかるフェイスブックページはこちら

2018年10月現在、新しい隊員を募集中です。

茅野市の協力隊制度について教えてください

ミッション型ですか、フリーミッション型ですか

茅野市の場合は、完全なミッション型です。

地域おこし協力隊に就任すると、自動的に「一般社団法人ちの観光まちづくり推進機構」の職員となり、組織の中核メンバーとして「観光まちづくり」の活動に従事することになります。

給与や活動費について教えてください

「職務に必要な経験、資格、技術を有すると認められる隊員」は月243,100円、「一般の隊員」は月201,500円と定められていますが、前者の方を優先して採用しているようです。

活動費は各自で申請・管理するのではなく、「ちの観光まちづくり推進機構」内で使途を決めて申請します。機構の自己資金もありますので、基本的に職員としての活動で自腹を切るようなことはありません。

あと、大事な点として、市営住宅に住む場合は家賃と敷金は市が負担してくれます。ちょっと古めの集合住宅ですがなんと3DK! 僕もそこに住んでいますが、すみごこちはまずまずです。

勤怠管理はどんな感じですか

完全に週休2日、一日7時間のフルタイムで事務所(現在は市役所内にある)に通勤します。ときどき休日のイベントや夜の会合に参加することがありますが、時間外手当は一切つかないので、平日に代休をとって調整します。

副業は禁止されてはいませんが、ほとんど余裕が無いのが現実かも。

うちの協力隊制度、ここがイイ

組織として働くので、自分だけではできないことができるのが強みです。悩みを共有できるのもいいですね。前途多難ではありますが、大きな目標に向けて動いていく醍醐味があります。

 

うちの協力隊制度、ここがちょっと……

前述のとおり、毎日オフィスに勤務する仕事ですので、一般的な「地域おこし協力隊」のイメージとはかなり違います。むしろ起業したばかりのベンチャー企業のイメージ。

なので自由度はほぼゼロで、自分のアイデア次第で好きなことにチャレンジできる、というようなことはなく、「田舎で実現したいことがある」という人には向かないと思います。

また、もともとあった観光協会を引き継いだため、地域の事業者さんから「今までやっていたこれをやってほしい」と期待されていることも多く、自分のビジョンとは異なることをやらなければいけないことも多くあります。

求人のページの要項をよく読んでいただき、また「ちの観光まちづくり推進機構」および「ちの旅」の活動に共感できたら、応募するのがいいと思います。

ライターさんと交流しよう!

追加情報などもこちらへどうぞ!

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