【鳥取】6年ぶりに帰った。大嫌いだった自分がいた。

はじめより先に―僕の手は僕のために―

実はわたくし、2017年4月1日に鳥取県境港市の地域おこし協力隊になり、2018年1月をもちまして、勤務条件の不一致により退職致しました。

今は隣町で事務員をしている、ただの一市民、協力隊OGです。

そんなただの一市民が、自分の地元を書き留めます。

それでは、始めます。

 

はじめに―君の手は君のために―

まずはじめに、

  

「あなたは今日、“赤いもの”をいくつ見ましたか?」

これからこのページで、地元のことや自分のことを長々と書くと思いますが、どうかこの質問を頭の隅に置いて、読み進めて下さい。

 

自己紹介―自分と向き合うのは苦手だった―

タイトルに地元と書きました通り、私は境港市の地域おこし協力隊の中で、唯一のUターン生でした。

●1991年

両手の薬指と小指が奇形した身体障害児として境港市に生まれます。

●保育所~中学校

11年間ずっといじめられ続け、自己尊厳なんてかけらもありませんでした。自分が消えれば、死ねば何とかなると本気で思っていました。少しでも身なりを整えると気持ち悪がられたため、朝、髪を整えることができませんでした。陰口やいじめの悪化を恐れ、ぼさぼさ頭に、伸びきった苔色のセーターを3着、ローテーションで着ていました。

●高校その1

隣町の進学校に進学。生まれて初めていじめがない世界にたどり着きました。髪を整えても、カバンにチャームをつけても、文句を言われなくなりました。
でも体調を崩します。
1日に5回近く倒れるようになりました。それでも「自分には学歴しかないんだから。」と進学校にしがみつきます。
3年の夏休み、炎天下の渡り廊下で倒れました。干からびて死ぬかと思いましたが、若い英語の先生が見つけてくれました。その時、「自分は死ぬのは嫌なんだなあ。」と初めて分かりました。そして、たくさんの先生が自分を運ぶために必死になっている事を、ぼんやりした頭で考えながら気絶しました。それから意識が戻って、迎えに来た母に学校を辞めると伝えます。あんなにしがみついていたのは、ただの「偏差値」という紙の上の数字。もう未練なんてありませんでした。

●高校その2

その後、隣町の通信制の高校に移ります。週に1回学校へ行って、あとは家で宿題をしながら療養しました。
通信制の高校に対して、ギャルやヤンキーが行く荒れたところ、というイメージが強かったのですが、そのギャルやヤンキーが先生や守衛さんにきちんと挨拶をするんです。進学校では見なかった光景でした。

 勉強ができて偏差値の高い大学に行けるけど、人を見下して偉ぶっている。勉強が苦手で服や髪がド派手でも、人に手を差し伸べられる。人としての生き方を考えさせられた1年半でした。

●大学

いじめられていた過去をリセットできる場所を探して地元を出ます。京都で女子大に通いました。

今までの反動なのかたくさんのことに興味がわいて、海外に行ったり、御朱印を集めてみたり、お菓子作り、ネイルアート、アクセサリー作り、茶道、華道それから着付け、本当にいろいろやってみました

 Uターンのきっかけ―心を癒す旅に出よう―

さてわたくしは、2016年の年末に地元である鳥取県境港市に戻ってきました。それまでは、東京でIT企業に勤めていたのですが、人間関係の希薄さに嫌気がさしてUターンをしました。


きっかけとなったのは、母校の小学校の前を通りかかった際のことです。身の丈以上の箒を持った男の子が「こんにちは!」と挨拶をしてくれました。とっさのことで「あ、はい。」と間抜けな返事をしたのですが、その後の帰り道で涙が止まらなくなりました。久しぶりに人の温かさに触れたのです。
「嗚呼、帰ろう。」
そう思いました。今思えば、高校1を辞めると決めた時の感覚に似ています。すっと胸に入りました。ひたすらいじめ抜かれた思い出しかない地元です。しかも、6年間ずっといじめられ続けた小学校の前での出来事でした。不思議なことです。でも、自然と心の中に「ふるさと」という観念は宿るのだなと思いました。
誰かさっぱりわからない男の子へ。
他人の人生をポジティブに変換することは、いくら立派な人でも簡単にはできません。でも、君はその幼さでやりました。どうもありがとうございました。二度と会えない君の人生が彩りで溢れるように、間抜けな返事をした、あの時の紺のコートの女はいつも願っています。

 境港市ってこんな町―きっと今日の夕日も美しい―

  鳥取県の最西端に位置する境港市は、人口3万人弱の港町です。白砂青松の続く弓ヶ浜半島は、東南にそびえる大山を背景に「日本の白砂青松100選」や「日本の渚100選」に選ばれています。

 

また、漫画家・水木しげるの出身地で、『ゲゲゲの鬼太郎』のキャラクターブロンズ像がある水木しげるロードが、年間200万人を突破するなど、観光地としての盛り上がりを見せています。

小学校は市立が7校、中学校は市立が3校、高校は県立が2校あります。大学はありません。幼稚園、保育所は11カ所あり、昨年4月の段階で待機児童は0人でした。


特産品は水産物で、特に夏はマグロ、冬はベニズワイガニが有名です。夏にはマグロ感謝祭、冬にはカニ感謝祭が行われ、無料振る舞いも多く、たくさんの市民で賑わいます。

お祭りごとで一番大きなものは、やはり7月のみなと祭でしょう。たくさんの出店にお神輿、伝統芸能の披露に、夜には花火が上がります。港に座って、海岸で花火を見るのですが、海には灯篭が流され、とてもきれいです。小さい頃からみなと祭は本当に楽しみでした。

 魅力―大切なものはいつも側に―

中途半端に田舎なところはいいと思います。コンビニもあるし、24時間やってるスーパーもあります。でも田舎。星も見えれば山もあれば海や田んぼもあります。虫もいっぱい出ます(笑)7時過ぎると町から人影がほとんどなくなります。行ってみたら山奥で、自給自足に近い生活をー!ということは、境港市では起きないのでご安心ください。

港町ですから、お魚のおいしさは自信があります。スーパーで刺身の盛り合わせを買っても、関西から遊びに来た友人が「めっちゃおいしい!」ってびっくりしてました。そして安い。ふるまいやおすそ分けもたくさんあります。私は最近ハマチをもらったので漬け茶漬けにしていただきました。

それから、米子鬼太郎空港がありますので、東京には1時間で着きます。韓国もすぐそこ。ソウル便も増えて、弾丸日帰り旅行も可能です。
最後にちょっとマニアックですが、商店街という市民の生活地が意図せず観光地(水木しげるロード)となったのは他に例を見ません。まさにアニメーションツーリズムや聖地巡礼の草分けなのです。アニメ好きさんや観光学が好きな人にはいいところだと思いますよ。

 残念なところ―さよならもいつも側に―

境港の訛りは漁師訛りですごく激しく、特にご高齢の方の訛りは怒っているように聞こえることも多いです。例えば、人と出会って、「ご機嫌いかが?」と言うとき、鳥取弁だと「どげ(ん)しちょう?」と言います。でも境港弁は「どげしちょーだい!!!」って言います。「何してんだコノヤロー!」って聞こえなくもないですよね(苦笑)。でも全く怒ってないので、最初はびっくりしても、徐々に境港弁にも慣れていってもらえると嬉しいです。

それから雪は積もります。ドカ雪の年は80cmくらい積もります。自宅でも職場でも、雪かきは避けて通れません。雪かきをする道具は庭ではなく、家の中に入れて準備しておきましょう。取りに行けなくなります。車にはシャベルとか雪かき道具を積んでおきましょう。あと、家や車のドアが雪や氷で開かなくなることもしばしばあります。(昨日父の車がなりました)ヤカンのお湯をぶっかけて溶かしましょう(冗談ではなくホントの話)。

あとは、移住定住相談員や、そういった専門の課は、地域振興課?地元の人間も詳しく知りません。皆さんどうやって情報仕入れて境港に来るんでしょう。というか、結婚や転勤以外で境港に来た人ってあまりいない気がする、と思って調べたらこんなページがありました。

【移住・定住ワンストップ窓口】
境港市役所総務部地域振興課

代表電話 0859-44-2111

直通電話 0859-47-1024

Eメール chiikishinkou@city.sakaiminato.tottori.jp

 

先輩の仕事―雪上の足跡をたどって―

 

島田 三和子(しまだ みわこ)

1983年島根県安来市生まれ。高校卒業後は10余年、兵庫と大阪で暮らす。裁縫の得意な曽祖母や、服飾デザイナーをしていた叔母の影響もあり、ファッションや布に触れることが大好きな空想癖の強い幼少時代を過ごす。

短大で美術テキスタイル専攻していた当時の授業で羊の毛刈りをするところからフェルトで帽子を製作する体験をしたことがゼロからつくる「衣」づくりの原点。人目には触れないが、自分をどう扱っているのかが服以上にインナーには現れると感じ、下着のデザインに興味を抱くようになり専門学校で学んだあと、肌着メーカーでデザインから生産管理までを担当。今度はデザインそのものよりも素材に興味を持ち始める。

その中でも一番なじみの深い綿という素材に着目するようになり、2013年の秋、

境港で綿を栽培していることを知る。初めて畑で育つ綿を見たときに、こんな真っ白のふわふわしたものが土からうまれてくることの驚き、そしてそれがわたしたちの暮らしに欠かせないものになるなんて、なんて素晴らしいギフトなのだろう!と感動。綿を栽培するところからものづくりがしたい、と当時の商工農政課の担当者に相談し、2015年度より境港市地域おこし協力隊として2017年3月まで綿の栽培からPR活動などを行う。

  卒業後も畑を借りて伯州綿の栽培をし、境港で出会った人たちの協力を得て伯州綿を使用した製品の制作と販売を行う。

●境港市の協力隊のいいところ

綿の栽培から綿に関わることができたこと。

地域の子どもたちに伯州綿の魅力を伝える活動ができたこと。

協力隊になっていなかれば出会えなかった人たちとの出会い。

●もっとこうだといいなぁと思った点

独立にむけた準備が地域おこし任務中にはできなかったことです。

時間外に動かないといけない状況でハードワークとなり、体調を崩して仕事をお休みすることも多かったのが、一年早い卒業の理由のひとつでした。

定住&独立起業のバックアップ体制があると移住者を増やすことにも繋がるのでは

ないかと思います。もちろん本人の意思・意識の問題でもあるのですが、移住しても将来のヴィジョンが見えてこないと離れてしまう可能性は高いだろうと感じました。

 おすすめの場所―君は空を見上げているか-

 

   カニ公園と勝手ヶ浜は好きです。(両方正式名称ではないと最近知りました(笑))海風が心地よく、空の青と海の青が混じったり反発しあうところがお気に入りです。寒くなかったらずっといられるのですが、両方海風が強い。防寒はきちんとしてお出かけください。


それから境港(さかいこうと読みます)。船がたくさん停まっていて、魚とカニと加工場のにおいがします。ザ・港町な風景です。

 あとはJR境線の各駅。まだ切符制で、ピ!(ICカードの事)がないんです。ピ!がないのが何でいいかって、本当に昔ながらの駅の風景そのまんまなんです。ピ!の無機質な機械が置かれていない。これはなかなか見ない風景だと思います。2019年にICカード化するそうなので、それまでにぜひ見てみてください。

他地区協力隊の好きなところ―願い事の持ち腐れ―

〇島根県は沖ノ島、布施の協力隊Ami。離島ならではの人の温かさに涙が出そうになります。あ、ここなら一人で移住しても大丈夫だな。って心の底から思えた場所。時々、「沖ノ島に移住したい。」って思うときも、いまだにあったりします。笑

 そして離島であるからこそ、任期後の定住に対して本当に一生懸命です。3年とその後の長い長い人の人生を本当に大切にしてくれているのが伝わります。絶対に放置はしない。定住のために勤務日が月17日。あとは3年後に向けて、ひたすら自分が挑戦する時間。
本当に頑張りたい人には、条件がほぼ揃ってると思います。いいな、布施。

 いや、一番素晴らしいのは、それを自身の行動で示して、ご近所さんと今日も楽しく交流しているAmiなんですけどね。また遊びに行くね。

 

〇それから静岡県伊豆の国市の武本奈々。私のカメラ仲間にして、協力隊時代のメンタルを支えてくれたのは、彼女の存在があっての事と言っても過言ではありません。
彼女は、私と同じで言葉に出して物を言うタイプです。それで嫌われるとわかっていても、出すタイプです。でもそれは自分に軸があるからこそ。「わがままを言ってる」など勘違いされやすい協力隊ですが、彼女は市民と行政に挟まれながら、毎日本当に頑張っている。それは、わがままではなく、自分の軸と市民の声、そして目の当たりにした現場をかけ合わせた民衆の意見としてです。
奈々がメンタルつらいときは、わたしが励ましに行くからね!
(いや、元気なのが一番いいんだけどさ)#ななめよこ

移住したい人へ―心の声を聴け-

まず、どの田舎でも共通するかもしれませんが、テレビで見たこのメーカーの最新スイーツが食べたい、今年の秋はこのブランドの服じゃなきゃいや、などのこだわりが強い方は田舎暮らしは難しいと思います。だってうちげ、しまむらしかないもん。イオン隣町だもん。

その代わり、地価も安いし食料も安いです。生涯貯蓄額は都会と変わらないそうです。日々派手すぎる暮らしをしない限り、少々都会より安月給でも大丈夫だと思います。

次に、都会育ちさんには経験がないかもしれませんが、ご近所さん付き合いがばっちりあります。地区ごとの運動会や溝川掃除、回覧板などなど。挨拶ができない人や、人と話すのが苦手な人にはつらいかもしれません。

境港市はおじいちゃんおばあちゃんが多いです。おしゃべりが止まらない人もたびたび。

でも私は好きです。お茶を飲んでお煎餅食べながらおしゃべりすることも、私にとっては無駄な時間では決してないのです。

田舎ですから、時間はゆったり流れます。子供さんと過ごす時間もできるでしょう。年をとったご両親と向き合う時間も作れるでしょう。人生の流れは、自分の心が決めるもの。日々の暮らしに焦らなくても大丈夫だと思いますよ。

 リンク―自分の目で見たものが真理-

・境港市

 www.city.sakaiminato.lg.jp/

・境港市観光協会

 www.sakaiminato.net/

・水木しげる記念館

  mizuki.sakaiminato.net/

・境港市地域おこし協力隊(伯州綿部門)

 www.facebook.com/hakusyumen

・境港市地域おこし協力隊(商店街部門)(私が辞めたため更新停止中)

 www.facebook.com/gegegenoosakana

  www.twitter.com/gegegenoosakana

 境港市の協力隊制度-僕たちの“今”―

・ミッション制
 商店街部門:情報発信/イベント企画・参加/特産品の新商品開発
伯州綿部門:伯州綿の栽培/伯州綿を使った商品開発
・給与16万6千円(平日8:30~17:00)
・副業は申請したらできます。私は申請してもできませんでしたが。

・出勤・退勤時に市役所に行く。

・官民でいうと、思いっきり“官”。

・公務員なので、私生活やSNSプライベートアカウントも気を付けましょう。

・土日の出勤は事前に申請します。その週のうちに必ず代休をとること。(祝日は不可)

・公務員として公平性を守るため、SNSは、1お店の外観、2お店の商品、3お店の人の写真をUPしてはいけない。

・協力隊は地域の主体に沿って“協力”するものなので、地域のやりたいことをお手伝いするべし。

・よって、協力隊の主体性でイベントを作るべからず。

人の価値観って多種多様だから、あえて箇条書きで書きました。

とりあえず、私のいたときは、こんな感じでした。

さあ、今後はどうなるかな。一市民として見守ります。

あとがき―僕の手は君のために―

「あなたは今日、“赤いもの”をいくつ見ましたか?」

これはあるメディア講座で、先生から聞かれた言葉です。さあ、いくつ浮かびましたか。もしあなたが家の外でこれを見ていた場合、必ず何個も見ているはずです。車にひかれて死んでしまうから。

 ――信号機が思いついた人はいますか?

当たり前にあるものは、脳が勝手にスルーしてしまうそうです。つまり何が言いたいかって、
“意識して過ごさないと、無意識で大切なものを見逃すかもしれないよ”
ということ。

 ――大切なものは、いつも自分の心が決める。

あなたが今必死に守ろうとしているもの、家族より大切ですか。自分の心身の健康より大切ですか。あなたの一番大切なものは、何ですか。

ふっと力を抜いて、まずはゆっくり湯船にでも浸かって、それから空を見上げて伸びをして、ゆっくり考えてください。ゆっくりでいいです。だって人生、遅いだ手遅れだ、それもすべて、自分の心が決めること。他人は二の次、三の次。さあ、始めましょう。

あなたの人生が、いつも美しい輝きで溢れますように。

 

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